Sasha [ 1−8 ]
Sasha 第一部

第八章 真実
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 レストワール帝国北部を治めるのは、先帝アレクサンドル三世の第二皇子、ミハイル公。その居城は雪の台地に高々とそびえ、民の暮らす街を見下ろしている。
 明朝、サーシャが通されたのは、公が私的な間として使う居室だった。皇宮に劣らず上品に整えられた部屋。広すぎない空間に、長椅子とテーブル。領主であるミハイル公の生活を豪奢なものと想像していたサーシャは、少し意外に思った。
 何より今、目の前にいる公自身の姿に驚いている。
 長椅子にゆったりともたれかかる姿は、信じられないほど若い。とても父と同じ年齢とは思えない。サーシャの父である皇帝は、生きた歳月だけ思慮深さや威厳を備えている。叔父にはそれがない。代わりにあるのは、若さゆえに限りを知らない不敵な笑み、鋭さとおおらかさを兼ね備えた落ち着きある態度。父と叔父は姿形は似ているが、生い立ちによって全く別の人間性を養われてきたようだった。
 そのミハイル公は、前に立った皇女を興味深そうに見つめた。サーシャはすっと背を伸ばし、落ち着いた表情を向ける。公に付いていた中年の従者が、居心地悪そうに二人を交互に見た。
「よくおいでくださいました、皇女殿下」
 公はまっすぐ顔を上げ、穏やかに語りかけた。
「あなたは私には唯一人の姪。ご立派にご成長なされたようで喜ばしい限りです」
「そして、その姪を手中に収められたからには、喜びも計り知れないことでしょうね」
 サーシャは少しも表情を変えず、はっきりと言った。公の目が少し揺らいだ。
「なんと……?」
「まわりくどいお話をするつもりはございません。あなたのお望みは心得ております」
「これはこれは」公は大げさに笑って見せた。「私の考えるところは全てお見通しということですか。それでは……それを実現するために、皇女であるあなたがいかに重要であるかもおわかりですね?」
「はい」
「ではあなたは……」
「しかし、わたしはあなたの言いなりにはなりません」サーシャは相手を遮って続けた。「わたしを利用して皇太子をおびき寄せるおつもりですか? それは無意味なことだと、あなたも知っておられるでしょうに」
「……はて」
「まわりくどいお話はしないと申したはずです。ご存知でしょう、アレクサンドル皇子などこの世にいないと。今、帝国中が知っている皇子は、わたしが代わりに演じたものです」
 公は表情を引いた。側にいた従者に、隠しがたい驚きの色が走った。ミハイル公は彼を手でいさめ、真顔になってサーシャに聞いた。
「そこまであっさりと認めてしまってよろしいのですか?」
「構いません。そのほうが、これからお願いすることが滞りなく運びます」
「願いとは?」
「あなたが捕らえた逆賊と、街の人たちを解放してください」
 公は少し俯き、上目遣いで言った。
「……私がそれを聞き入れたところで、あなたはどうなさるおつもりです」
「わたしは、あなたの妻になります」
 間があった。ミハイル公は無表情のままサーシャを見つめている。サーシャも表情を崩さず視線を返す。
「叔父上、お考えになってください。父には嫡子はおらず、唯一その血を引くわたしは継承権のない皇女です。そのわたしを伴侶に選べば、あなたは血筋としても立場としても確実に皇位を得られるはずです」
 公は乾いた笑いを漏らした。
「こんな年老いた叔父を夫にしてくださると言うのですか。ありがたいが、あなたはそれでよろしいので?」
「それと引き換えに、彼らが助かるのなら」
 サーシャはミハイル公と向き合いながら、イリヤの姿を胸に浮かべた。
「ですからまず、彼らの身の安全を保障してください。その後は、わたしのをどう扱ってくださっても構いません」
「……なるほど。聡明な姫君だ」
 ミハイル公は表情を歪めて笑った。そして傍らに立つ従者を見上げて呟いた。
「昨夜捕らえた逆賊どもを解放しろ」
「公。しかし……」
「聞いただろう。可愛い花嫁のお願いだ」
 公のおかしそうな物言いに、従者は戸惑いながらも返事をした。そして一礼して、速やかにその場を立ち去った。
 広くはない部屋に、サーシャとミハイル公、二人だけが残された。
「さて……」公が声を漏らした。「どう扱っても構わないとおっしゃいましたね」
 サーシャは頷いた。同時に、腰掛けたミハイル公の姿を凝視した。
「皇宮育ちとは言え、妻になるということがどういうことか、ご存じないわけではないのでしょう」
 もう一度頷く。目の端に、公が腰に付けた細い剣を捕らえた。彼はサーシャの視線に気付いたのか、ふと笑ってそれに手をかけた。
「これは失礼。このような場にはふさわしくありませんね」
 そう言って、剣に手をかけて身から外す。それがテーブルに静かに置かれるのを、サーシャは見届けた。
 公はゆっくりと立ち上がり、手を広げた。サーシャはその光景を見つめたまま、立ち尽くしている。
「どうされました。今さら後悔しておいでですか?」
「いいえ」
 サーシャはきっぱりと言い、前に立つ公に向かって進み出した。その足で、一歩一歩。叔父であるミハイル公は穏やかに微笑んで、姪が近付いてくるのを待っている。サーシャは足を進めながらも、ゆっくりと手を横に伸ばした。届くだろうか。彼に気付かれる前に、テーブルの上にある剣に。サーシャはテーブルの真横まで来ると、指先で剣の柄に触れた。
 だが、次の瞬間。
 ミハイル公の指が先に、サーシャの首筋に巻き付いていた。
「――!」
 声を上げることもできない。両手で首を締め上げられ、息が詰まる。振り払おうと手の上に手をかけたが、抵抗は虚しかった。首をつかまれたまま引き寄せられ、長椅子の上に仰向けに倒れた。
 見下ろすミハイル公の、氷のような瞳。
「そんな手が上手くいくとでも思ったのか。世間知らずの小娘が」
 サーシャは咳き込みながら彼を見返した。
「な……?」
「これであの逆賊どもを逃がすことができたと思うなよ。さっきの私の命令は本物ではない。あの者はわかっていて引き受けたふりをしただけだ」
 一瞬前までと同じ人物とは思えない、鋭い口調、冷酷な目つき。その力は全て憎しみに変わって指先に集まり、サーシャの息を止める。とてもその手はほどけない。胸が押さえつけられるように苦しくなり、声にならない呻きを漏らす。
「く……っ」
「私としたことが、肝心な誤算に気付かずにいたようだ」
 ミハイル公は首を絞める手を緩めずに、ゆっくりと語り始めた。
「十五年前、皇女のほうも始末しておくべきでしたね」
 サーシャは目を開けて彼を見つめた。彼は狂気を宿す目で見下ろし、嘲るように言った。
「皇子と母后さえ消せば兄上の皇統は絶えると思ったのに。まさかこんなところで、摘み残した雑草が伸びていたとは――」
 サーシャは一度まばたきして、叔父の顔に見入った。今、この人はなんと言った? “皇女のほうも”始末しておくべきだったと。皇子と母后を消したと――言わなかったか?
 それでは、弟は。母は。十五年前、この人が――。
 イリヤの顔が浮かんだ。父の顔、祖母の顔。自分を信じ、ついて来てくれた民たち。あの姉弟。
 そして、一度だけ現れてくれた双子の弟。
 サーシャは苦しいのも忘れ、両目いっぱいで叔父の顔を捕らえた。手を大きく掲げ、ありったけの力を込めて、彼の頬を打った。不意を突かれた彼が、一瞬だけ手を緩めた。
 即座に身を離し、長椅子の上に起きて叫ぶ。「この愚か者! それでもあなたは先帝の皇子ですか!」
 向き合ったミハイル公は、姪の言葉に目を見開く。
「そうまでして皇位が欲しいのですか。肉親の命を奪ってまで」
 自分の肉親さえ愛せないこの叔父に、国が、民が愛せるはずがない。
「女であるわたしには、義務も権利もない皇位です。それでもあなたに渡すくらいなら、この命と自由にかけても守ってみせます!」
 叫び終わると、サーシャは激しく咳き込んだ。首を絞められた直後に声を張り上げたため、頭がくらくらする。
 咽を押さえて涙目になりながら、叔父の反応をうかがう。彼は恐ろしく見開いた目を向けていた。視線が凍りついたようにサーシャを捕らえ、何か呟こうと唇が動く。その言葉が出る直前、二人の耳に飛び込んだのは、慌ただしく扉が開く音と、そこに現れた人物の叫びだった。
「公! 失礼いたします!」先ほど出て行ったばかりの従者だった。
「何事だ。騒々しい」
「申し訳ありません。しかし、あの牢にいた者どもが……あの逆賊たちがどこにもおりませ――」
 彼は言い終わる前に、妙な形で仰向けに倒れた。背後から伸びた手に襟首をつかまれたのだった。そして、そこに現れたのは。
「逆賊はここにいますよ」
 サーシャは叫ぼうとしたが、声が詰まった。
「お久しぶりです、ミハイル公」
 律儀に頭を下げて見せたのは、イリヤだった。捕まった時と変わらぬ姿で、扉の前に立っている。
「やはりそなたか……」
 公は憎々しげにイリヤを見つめた。イリヤのほうは何を気にするというふうでもなく、穏やかにこう言った。
「皇女殿下を返していただきに参りました。その姫はいずれ、この国の皇位を継がれる大切なお方です」
 サーシャはあっけにとられた。イリヤが視線を移し、微笑みかける。
「やはりそなたは、皇宮側の人間か」隣でミハイル公が呟く。「だが皇女と二人乗り込んできたとて、どうにもなるまい。ここは私の城だ」
「それも今日限りのですね」
「何……」
「聞こえませんか?」
 サーシャもようやく気が付いた。城全体がかすかに揺れている。階下で、人の叫びが聞こえる。
「皇宮からの軍か」
「ええ。加えて、あなたの支配下にあった民たちも」イリヤは微笑を消して続けた。「彼らはこれ以上、あなたを領主として崇める気はないそうです。もうこの城はあなたのものではありません」
 サーシャはイリヤを見上げて、息を呑んだ。乱は成功したのだ。
 いつの間にか、イリヤの背後には剣を手にした兵士たちが並んでいた。皇帝の軍のものだ。イリヤは公と向き合い、言い放った。
「ミハイル公。皇后陛下および皇子殿下暗殺の首謀者として、都まで来ていただきます」


 民衆の反乱軍と皇宮からの援軍による城の制圧には、数分もかからなかった。城は瞬く間に落ち、ミハイル公自身はイリヤの連れてきた兵士によって捕らえられた。
 イリヤはサーシャと向き合い、いつもの笑顔で言った。
「遅くなって申し訳ありませんでした」
「本当だわ」サーシャは不機嫌に目をそらして言う。「わたしが行動を起こすのをわざわざ見ていたでしょう」
「公があなたに手を伸ばした時には、さすがに飛び出しそうになりましたが。あなたはご自分でその手から逃れ、一番お聞かせしたかった言葉を言ってくださった」
「お聞かせしたかった?」
 サーシャが不思議そうに呟くと、イリヤは扉のほうに顔を向けた。
「全て見ておられたでしょう。これが十五歳になったあなたの皇女殿下です」
 イリヤが声をかけた相手は、しばらくの間のあと姿を現した。サーシャは目を見張った。そこに立ったのは、都にいるはずの父、帝国の現皇帝だった。
「父上――」
 背後には母方の伯父であるパヴェル公の姿もある。彼は温和な笑みを浮かべて、サーシャに言った。
「皇女が民と反乱を企てておられるとお聞きして、すぐさま都を発ちました。ご無事のようで何よりです」
「伯父上」
 サーシャが立ち尽くしていると、父のほうが少しずつ歩み寄った。イリヤが一歩退き、皇帝に頭を下げる。
「アレクサンドラ――」
 父は娘の前に立ち、その顔をまっすぐ見下ろす。
「よくやってくれた」
「見ていらしたのですか? わたしが取った行動……叔父上に言った言葉も」
 父は深く頷く。「これが私の皇女か……」
 彼はイリヤのほうを見た。イリヤは黙って頭を下げたままだ。父は再びサーシャに向き合う。
「お前は――私の皇女は――私の預かり知らぬところでここまで成長していたのか。私が皇子の身代わりを演じさせている間にも、自らの力でこれほど多くのことを学んでいたのか」
「父上」
「誇りに思う。私の――娘」
 サーシャは信じられない思いで、父の顔に見入った。
(娘と言った? 父上がわたしを――。皇子の身代わりではなく、わたしの存在を認めてくださった――)
 何も言えないサーシャを前に、父は周囲を振り返った。
 傍らに立つイリヤ、パヴェル公、部屋を固める兵士たち、集まってきた民衆。ミハイル公は兵士に押さえ込まれ、部屋の隅から様子を見張っている。
 皇帝は彼らを見渡し、低い声を響かせてこう言った。
「見るがいい。これが第一皇女アレクサンドラ。私のただ一人の子だ」
 ただ一人の、と聞いた群集にざわめきが起こる。
「第一皇子アレクサンドルは、十五年前、この謀反者によって殺害された」
 皇帝は一瞬だけ、ミハイル公に目を移す。再び群集を向いて続けた。
「だが嘆くことはない。私にはここに最良の世継ぎがいる。皇女アレクサンドラは近日立太子し、帝国史上初の女帝となるだろう」
 ミハイル領の民たちから歓声が上がった。サーシャは驚きを隠せずに父を見つめる。父は決まり悪そうにしながらも、しっかり娘の目を見た。イリヤが隣でにっこり微笑んだ。
「サーシャ!」
 どこかから若い娘の声が上がる。振り向くと、集まった民たちの中にマリアの姿があった。彼女は笑顔に涙を浮かべ、見守ってくれていた。
「おめでとう、サーシャ……いいえ、皇女殿下」
「マリア」
 サーシャは彼女を見て、初めて笑顔になった。
 だがその時。歓声を打ち破るように、冷たい声が彼らに降り注がれた。
「さぞお幸せでしょうね、兄上」
 一瞬にして場が静まりかえった。サーシャも父も、そこにいた皆が声のほうを振り向く。声の主は、兵士の剣で囲まれたミハイル公だった。彼は歪んだ笑みで皇帝を、自分の双子の兄を見ていた。
「生まれつき約束された皇位につかれ、当然のように皇帝として崇められ……そして愛娘は女帝に。結構なことです」
「ミハイル……」
「あなたにはわかりますまい」
 ミハイル公は兄を凝視し、一瞬サーシャに目を移し、再び兄を見て続けた。
「皇家に生まれながら僻地に送られ、誰からも省みられずに影で育った私のことなど、あなたの目の端にも映ってはいないでしょう」
 ミハイル公は不気味に笑んだ。誰一人、声を出さなかった。皇帝は弟を見つめて立ち尽くした。
 間が続く。だがその直後、沈黙を打ち破る声があった。
「叔父上」
 誰もがサーシャを見た。ミハイル公も荒んだ目を姪に向けた。サーシャはゆっくりと、落ち着いた声を放った。
「あなたのお気持ちはわたしが解します。わたしも皇子を演じる一方、自分を押しやって生きて参りました。同じ影に生きる者として、あなたの心中はわかるつもりです」
 サーシャは少し背を伸ばして続けた。
「だからこそわかりません。あなたがなぜ、ここまで民を苦しめることになったのか。影に生きてきたあなたが、なぜ弱い者の気持ちをわかってやれなかったのです。皇位につけなくても、あなたが立つ場所はここにあったはずです」
 ミハイル公の表情は凍り付き、姪から目が離せなくなっていた。サーシャはまっすぐ彼を見て、よく通る声で言った。
「わたしはあなたのようにはなりません。わたしは影に生きてきた自分を否定せずに皇位を継ぎます。屈辱も寂しさも味わった者でしかなれない女帝を目指します」
 サーシャの周りに沈黙が広がった。向き合ったミハイル公は恐ろしいほど目を見開き、サーシャのその姿に視線を焼き付けていた。



「でも、一つだけわからないことがあるわ」
 サーシャがそう呟いたのは、一件が落ち着いたあと。ミハイル公が捕虜として連行され、群衆は去り、部屋にはサーシャとイリヤ、皇帝、パヴェル公の四人だけが残っていた。
 サーシャの疑問はイリヤに向けられたものだった。
「皇宮に反乱のことを知らせたのはあなたでしょう?」
「はい。連絡の方法ですか? あの鳩を急いで飛ばして……」
「違う、そのことではなくて。どうしてあなたが父上と通じているの? あなたのこの任務は、皇宮から命じられたものだったの?」
 イリヤはパヴェル公に目を移した。公は首を傾げ、呟くように言った。
「まだお話していなかったのか」
「いろいろと駆け引きがございまして。忘れておりました」
 イリヤは笑いを噛み殺しながら公に頷く。サーシャはわけがわからず、二人を見比べていた。やがてパヴェル公がサーシャに向かい、丁寧にこう言った。
「皇女殿下にお会いしていただくのは初めてでしたね。この者はイリヤと申しまして、皇宮の密偵としてお仕えしております、私の息子です。恐れながら、あなたの従兄でございます」
 サーシャは小さく口を開けた。
 イリヤがわざとらしく頭を下げた。「はじめまして――」
「聞いていないわ」サーシャは鋭く言った。「あなたが伯父上のご子息? わたしの従兄ですって? そんな立場でわたしを誘拐したの?」
「その節では、息子がご無礼を働きました。私も計画を聞いて止めようとしたのですが、これはどうしても聞かず――」
 パヴェル公は恐縮しながらも、どこか温和な調子で言う。サーシャはこんがらがった頭をなんとかまとめようと努めた。イリヤは相変わらずの笑顔でサーシャを見下ろしている。
(この人はわたしを誘拐した逆賊で、でも実はそのまた逆賊で、伯父上のご子息でわたしの従兄。つまり皇家の外戚)
 どこの手の者かと思っていた。まさか、こんな近くに身を置いていたとは。
(反乱が終わったら、もう会えなくなると思っていたのに)
 だからこそ、死ぬほど思い切って頼んだのだ。もう一度自分をさらってほしいと――。サーシャはあの時の自分を思い出し、顔が熱くなるのを感じた。
 父は何か言いたそうで言えない顔をして、この様子を見つめている。パヴェル公がにこにこしながら言った。
「つきましては未来の女帝陛下に、皇女誘拐の大罪を犯した息子への求刑をお任せしたいのですが」
「求刑?」
「覚悟の上ですよ」
 イリヤはさらりと言った。サーシャは見上げる。
「それなら――」
 震える胸を押さえて声を出した。イリヤの青い瞳に見入る。二人の父は目配せし合って、静かにその場を離れていくところだった。もっとも、サーシャの父は何度もこちら振り返り、立ち去り難くしていたけれども。
「それなら、あなたに一つだけ」
 二人だけになって、サーシャはイリヤに言った。
「これからも側にいて、わたしのなすべきことを助けてくれる?」
「――」
「わたしが女帝になってもあなたは一番近いところにいて、国の上に立つのを支えてくれる?」
 イリヤは床に膝をつき、頭を下げた。
「身に余る光栄でございます、皇女殿下」
「それから、もう一つ。わたしのことは殿下ではなく、サーシャと呼んでね」
 皇女は頬を染めて、前にいる逆賊の逆賊に微笑んだ。



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