テューダーの薔薇 [ 1−6 ]
テューダーの薔薇

第一章 宮廷 6
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 何日たってもリチャードと話す機会はなかなか得られず、弟たちについても何の連絡も来なかった。
 王妃からは数日おきに呼び出されていた。エリザベスはセシリーを連れて、たびたびその居所を訪れた。
 何をするというわけでもない。アンが宮廷の様子や二人の近況を聞きたがるので、エリザベスは求められるままに話した。もちろん、暗い話題や不愉快なできごとは語らない。母のことについても、アンが尋ねないかぎり触れないつもりだった。
 アンは楽しそうだった。終始にこにことしていて、どんな話でも最後まで聞き、エリザベスの冗談に声をたてて笑った。ときおり割り込んでくる咳の発作をのぞけば、何の心配ごとも持たない朗らかな王妃そのものだった。
「あなたは本当にお話が上手ね、エリザベス。どこで身につけたのかしら」
「身につけたと言えるほどのものではございません。王妃さまが聞き上手でいらっしゃるのですわ」
 エリザベスはそつなく言った。
 部屋の中にはアンと、エリザベスとセシリー、いつも控えている年配の侍女がいるだけで、穏やかな雰囲気である。アンの具合がいい時でも人の出入りは多くないらしい。もともとアンは、部屋の中で縫い物をしたり、侍女に聖書を読ませたりするのが好きで、宮廷の行事や社交界での地位には興味がないようだ。母が知ったら、理解できないと言いそうだが。
 椅子に腰かけたアンの手には針が握られている。エリザベスの話を聞きながら、慣れた手つきでそれを動かしている。
 エリザベスの視線に気がつくと、アンはにっこり笑った。
「息子のものを縫っているの。長くやると疲れてしまうから、少しずつしかできないのだけれど」
 アンの一人息子である王太子は、両親のいるロンドンには移らずに、生まれ育ったミドゥラム城で暮らしている。いま十歳くらいだっただろうか。エリザベスたちには従弟にあたるが、顔を見たことはほとんどない。母親ゆずりなのか体の弱い子で、ロンドンまでの長旅にも耐えられないようだ。
 つい一年前まで、エリザベスの弟がいた地位にいる少年だ。
 そう思ってから、エリザベスは自分にうんざりした。いつまでこの感情を持て余さなければならないのだろう。
「ミドゥラムは遠いですから、お寂しいですね」
 エリザベスが言うと、アンは微笑んだ。
「そうね。でも、手紙を送りあったり、こうして身のまわりのものを作ったりしているから。こちらには、ジョンが一緒に来てくれたしね」
 王太子の異母兄ジョン・プランタジネットとは、あの後も何度か顔を合わせた。アンの仲立ちでお互いに挨拶も済ませている。おとなしい少年のようで、あまり話ははずまなかった。
 彼がアンに可愛がられているのは事実らしく、王妃の居所に来るたびに姿を見かけた。ジョンのほうもアンを慕っていて、義母の健康を気遣っている。エリザベスが育った家庭では考えられない光景である。
「お仲がよろしいのですね」
「ええ。ジョンとあの子の姉がいてくれたおかげで、ミドゥラムでもずいぶん楽しかったのよ。二人とも、息子のことをとても可愛がってくれたし」
 アンは言い、エリザベスから隣に視線を移した。
「セシリーはどうしたの? なんだか元気がないみたいだわ」
 エリザベスも妹に目をやった。もともと口数の少ないセシリーだが、今日はここに座ってからほとんど声を聞いていない。アンに話しかけられて顔を上げたが、それまで上の空でいたのがありありとわかった。
 エリザベスの前で大泣きしたあの日以来、セシリーはますますふさぎ込んで、めったに口を開かなくなった。宮廷の行事にも出たがらないので、体調を口実に休ませていた。さすがに王妃からの呼び出しは断れないので連れてきたが、自分からしゃべるどころか受け答えもままならない。これなら無理に来させないほうが良かったかもしれない。
「少し風邪をひいているのですわ。もう治りかけなのですけれど」
 ぼんやりしたセシリーに代わって、エリザベスは慌てて答えた。セシリーはエリザベスの顔を見た後、アンに視線を戻して小さくうなずいた。
「大丈夫なの、セシリー?」
「たいしたことはございません。ご心配をおかけして申し訳ないですわ」
「ここでの暮らしに慣れないせいかしら。何か困ったことがあるなら、いつでも言ってちょうだいね」
「お気遣いありがとう存じます、王妃さま」
 すべてエリザベスが代わりに答えた。無理にセシリーにしゃべらせても、まともな言葉は出てこないだろう。
 セシリーがあいかわらず黙っているので、部屋の空気もどこか沈んでしまった。エリザベスは慌てて話題を探し、アンに訊きたかったことを思い出した。
「王妃さま、陛下とはよくお話しになるのですか? お忙しいようですけれど」
 本当にそうなのだ。毎日のように使いを出して話をしたいと申し出ているが、返ってくるのは時間がないという答えばかりだった。はじめはエリザベスだけが避けられているのかと思ったが、同じような立場を嘆いている者が少なくないことに気がついた。宮廷で身を立てようと決意してロンドンに出てきたにもかかわらず、王の姿も見られないまま何月も経ってしまったという地方貴族もいた。
 そもそもリチャードは、宮殿の中にいる時間のほうが少ないらしい。市街地へ、要人の館へ、教会へ、軍隊へ、次々に場所を変え、一つのところに留まっていることがないようだ。思い返してみれば父が生きていたころも、リチャードがロンドンにやってきてはその日のうちに去っていく、というようなことがたびたびあったような気がする。
 これでは、病身の妻に会いにくる時間もないのではないか。そんな同情を装って探りを入れてみたが、アンはむしろ嬉しそうに笑った。
「いつものことですもの。ミドゥラムに住んでいた時から、あの人が十日と続けて家にいたためしがなかったわ。人のために動きまわっているのが好きなのよ」
 アンは懐かしむように目を細め、付け加えた。
「それに、まったく会えないわけではないのよ。宮殿にいる時は、日に一度は必ず顔を見に来てくれるわ」
「それはけっこうですわ」
 エリザベスは笑顔のまま答えた。一緒にいるところを見たことはほとんどないが、夫婦仲は悪くないらしい。
 そういえば二人は、子どものころからお互いを見知っていたのだ。リチャードは少年時代、アンの父のもとで騎士教育を受けていたのである。彼らが結婚した時、あの二人は当時から想いあっていたのではないか、という噂が広まって、宮廷じゅうが色めきたっていたのを覚えている。
 ならば会うことさえできないリチャードよりも、こうして話ができるアンを口説いたほうがいいのだろうか。だがアンは、政治的なことには口を出せないようだし、そもそも興味がないらしい。夫の言いなりになっているというよりは、夫の言うことは何でも正しいと本気で信じているようだ。エリザベスが弟たちのことをほのめかしても、にっこり笑って「リチャードが良いようにはからってくれるわ」と言うばかりだった。
 そのリチャードとはなかなか話す機会を得られない。エリザベスは次にとるべき行動を決められずにいた。



 夜会でおおぜいの人々と一緒にいても、弟たちのことが頭から離れなかった。
 宮廷にいるほとんどの貴人とはすでに言葉を交わしている。態度も話題も、誰もほとんど変わりがなかった。再会を喜び、賛辞を述べ合い、あとは毒にも薬にもならない世間話をするだけだった。
 これだけ多くの人間がいて、弟たちのことに触れる者は一人もいないのが、エリザベスには不思議だった。確かに扱いづらい話題ではあるだろう。それでも、二人に会えなくて寂しいでしょうとか、早く一緒に暮らせるといいですねとか、それくらいのことは言っても良さそうなものだ。幽閉されていると言っても世話をする人間はいるのだから、二人の姿を見たり、人づてに聞いたりした者もいるはずだ。
 しかし、何人と話をしても、弟たちに関する言葉は一つも得られなかった。
 二人はそれほど外部と隔てられているのだろうか。せめて、元気に暮らしているという様子だけでもわかれば、母に手紙で知らせてやることができるのに。
 一人で物思いにふけっていると、近付いてくる人影があった。
「ごきげんよう、レディ・エリザベス」
 気どった声音と長身に身構えたが、その主の顔を見て気が抜けた。社交用ではない笑みが自然に浮かんだ。
「ごきげんよう、リンカン伯。ダンスのお相手が見つからないの?」
「いいえ、はじめからあなた一人を探していましたよ」
 長身の青年はエリザベスの手を取って、わざとらしく掲げて見せた。まじめくさった顔が一瞬でおどけた笑顔に変わる。エリザベスは手を振りほどき、声をたてて笑った。
 リンカン伯ジョン・ド・ラ・ポールは、サフォーク公爵家に嫁いだ叔母の長男で、エリザベスにとっては二つ年上の従兄にあたる。父の生前から何度か会ってはいたが、親しく話すようになったのはここ最近のことだ。
「今夜は、セシリーは?」
「部屋で先に寝ているわ。風邪ぎみだから休ませたの」
「それは残念だ。きみたち二人は並んでいると美しさがいっそう引き立つのに」
「あんまり言い過ぎると奥さまが怒るわよ」
 久しぶりにくつろいだ気分になって、エリザベスは心から笑った。父も母もいない宮廷では、身分の上下にかかわらず気を許せない相手が多い。サフォーク公爵家の親族も例外ではないが、こうして軽口を利きあえるだけでもありがたい存在である。
 エリザベスはふと、リンカン伯の顔を見た。エドワード五世の即位から廃位までの間、彼はロンドンにいたのだろうか。従弟である少年王と、何らかの接触を持たなかっただろうか。
 思い切って訊いてみたいが、それで夜会の空気がおかしくなっては困る。サフォーク公爵家が今、王家に対してどのような立ち位置にいるのかもわからない。親しく話ができるのも、あくまで従兄妹としての交流に留まっているからなのだ。
 エリザベスが迷っているうちに、リンカン伯が先に切り出した。
「従兄妹のよしみで一曲お相手願えないかな、レディ?」
 エリザベスは少し迷って、彼に手を取らせた。これまでの夜会では話すことに集中していたし、セシリーがいたこともあって一度も踊らなかったが、たまにはいいだろう。
「ダンスは久しぶりだから、忘れていたらうまく助けてね」
「もちろん」
 広間の中に出て、曲のはじまりとともに踊り始める。父がいた宮廷で最後に踊ってから一年以上が経っていたが、体が覚えていたのか自然と動くことができた。広間のあちこちから視線が集まってくる。王女さまが踊っていらっしゃる、という声も聞こえてきた。
 エリザベスは跳ねるように踊りながら、いつの間にか笑顔になっていた。そういえば、自分は音楽を聴いたり、それにあわせて踊ったりすることが大好きだったのだ。ずいぶん長いあいだ忘れていたような気がする。
 曲が終わって二人が動きを止めると、広間じゅうで拍手が起こった。快い疲れに浸っているうちに、見守っていた若者たちが次々に声をかけ、ダンスに誘ってくる。従兄と一曲踊っただけで垣根が崩れ、話しかけやすくなったようだ。こんなことは父の生前にもなかった。王女の身分がなくなったことで、かえって近づきやすくなったのかもしれない。
 セシリーも連れてこれば良かった、と思った。同じ年ごろの友人でもできれば、セシリーも少しは社交界になじめるだろう。次の夜会には出席させて、従兄弟たちに頼んで踊ってもらおう。
 エリザベスを取り囲んでいた若者のひとりが、急に視線を動かした。近くにいた数人もそれにならい、同時に言葉を失っている。気をとられているのは彼らだけではないようだ。広間のあちこちにいる男女が、いま入ってきたばかりらしい一人の人物に目を向けている。
 エリザベスもその姿を見た。筋骨たくましい壮年の男性で、連れはいない。多くの人間が視線を向けながらも、彼に声をかけようとはしない。本人もそれを理解しているのか、どこか近寄りがたい雰囲気である。
「スタンリー卿か。宮廷に戻ったんだな」
 そばにいた若者の一人がつぶやいた。
 遠目なのではっきりとはわからなかったが、たぶんあの人だろうと思った予想は当たっていた。エリザベスはあらためて彼を見た。
 トマス・スタンリー男爵は、リッチモンド伯ヘンリー・テューダーの継父である。
 ヘンリーの母マーガレットは、わずか十三歳で結婚し、それから間もなく未亡人となった。夫の忘れ形見であるヘンリーを産んだあと、三人の男性と再婚した。その最後の夫がスタンリー卿である。
 もっとも、義理の息子であるヘンリーとどれほどの交流があるのかはわからない。ヘンリーは十三年前、エドワード四世が再び王位についた時に大陸に渡り、一度もイングランドには戻っていない。スタンリー卿はその間、一貫してヨーク王家に忠誠を捧げてきた。
 唯一の例外は一年前、エドワード五世の短い在世中のことである。スタンリー卿は、当時は摂政であったリチャードへの陰謀に関わったとして、しばらく政界から遠ざけられていたそうだ。その後は赦免され、反乱の鎮圧に一役かったこともあり、再び王の信頼を得て宮廷に戻ってきた。彼の妻マーガレットは反乱軍に与したとして幽閉されているが、その監視にあたっているのが他でもないスタンリー卿自身である。
 マーガレットは息子の王位を望んでいるが、スタンリー卿は継子の栄達よりも、みずからの保身と忠節を選んだ。宮廷ではさしあたり、そのように受け止められているらしい。
 それをふまえても、奇妙な光景だった。ヘンリー・テューダーはランカスター家の後継者であり、海の向こうから堂々と王位に挑戦している。その父である男がヨーク家の王に重用され、夜会にもこうして顔を出しているのだから。広間の空気が乱れるのも無理はない。
 そこまで考えて、エリザベスはふと気がついた。ヘンリーの縁者はスタンリー卿だけではない。もう一人、ここにいるのだった。
 ランカスター派の王位請求者の、継父と婚約者。リチャードはこの二人を自分の宮廷において、ほとんど野放しにしているのである。


「セシリー?」
 夜会から部屋に戻ると、ちょうど入ろうとしていた妹と行きあった。
 もう真夜中である。等間隔に置かれた篝火のあかりの他に、まわりを照らすものは何もない。そんな中をセシリーは供も連れずに歩き、一人で部屋に入ろうとしていたのだった。
「どこに行っていたの? 先に休んでいると思ったのに」
 セシリーは気まずそうに姉の顔を見たが、答えずに背を向け、黙って部屋に入った。エリザベスは首を傾げながらその後を追う。それに続こうとした侍女を断り、室内で姉妹二人だけになった。
「セシリー? どうしたの」
 エリザベスは早足で妹のそばに寄った。
 セシリーは羽織っていたケープを取り、頭飾りをはずして髪をおろしている。一言も口をきこうとはしなかった。
 エリザベスは不安になった。セシリーが人前に出たがらないので、ここしばらくはエリザベスだけが出かけることが多かった。そのあいだセシリーを一人にしていたが、部屋で休んでいると信じて疑っていなかった。まさか今日のように、姉の目を盗んで出歩いて、誰かに会ってでもいたのだろうか。
 心あたりがない。セシリーには宮廷での友人はいないし、最近になって新しくできたとも思えない。だいいち、それならば姉に隠さなくてもいいはずだ。
 エリザベスはあることを思い出し、急にぞっとした。先日セシリーは、散歩の途中でロンドン塔の下働きと会い、長く話したと言っていた。同情めいたことを言われて喜んでいた節もあった。まさか、と思う。
「セシリー、どこに出かけていたの? 答えなさい」
 エリザベスはセシリーの手をつかみ、早口で訊いた。外に聞こえないように抑えたつもりだったが、やはり高い声になってしまった。
 セシリーは姉の手を振り払うと、また無言で着替えを続けた。こんなことははじめてだった。セシリーは、はにかんで口ごもることはあっても、人の言葉を無視することはなかった。
「返事をしなさい、セシリー」
「――お母さまみたいな言いかたをしないで」
 セシリーは目線も向けずに言った。
 エリザベスはついかちんと来て、妹の肩を両手でつかんだ。月明かりに照らされて、セシリーの顔がようやくはっきりと見える。その時、はじめて気がついた。
「あなた、泣いているの?」
 セシリーは顔を背け、エリザベスの手から逃れた。
「何があったの? 誰かに何か言われたの?」
「言われていないわ。優しくしてもらっただけ」
「誰に?」
 セシリーは手を止め、しばらく黙っていた。
 やがて大きく息を吐き出すと、挑むようにエリザベスの目を見て、答えた。
「王妃さまよ」
「――なんですって」
 エリザベスは耳を疑った。
 王妃はこの宮殿の女主人であり、しかも病人である。こんな真夜中に、人目を忍んで訪ねてもいい相手ではない。
「本当に王妃さまのところにいたの? こんな時間に?」
「いきなり押しかけたわけではないわ。ちゃんと侍女を介して、お許しをもらったわ」
「それでも許されることではないわ。王妃さまはご病気なのよ」
「何か困ったことがあれば、いつでも来ていいと言ってくださったもの」
「セシリー!」
 エリザベスは思わず声を上げた。
 セシリーは一瞬、びくりと肩を震わせた。しかし、すぐに姿勢を正すと、再びまっすぐエリザベスを見据えた。睨んでいるといっていいほど強い視線だった。この妹がこんな目をするのを、エリザベスは見たことがなかった。
「もういいでしょう。放っておいて。わたしのすることにいちいち口を出さないで」
「セシリー?」
「わたしはあなたみたいに賢くないし、洗練されていないし、お母さまに頼られてもいないわ。でも、わたしだっていろいろ考えているのよ」
 意味がわからなかった。セシリーは頼りないところもあるが、素直でかわいい妹だ。両親もきょうだいたちもセシリーを愛していた。だからこそエリザベスも、一緒に宮廷に入った姉として、優しく面倒を見てやろうと思っていたのだ。
「わからないでしょう?」
 何も言えない姉の顔を見て、セシリーが言い当てた。嘲るような口調だったにもかかわらず、両目からはまた涙が溢れ出した。
「わからないわよね、あなたには。家族が殺されて、自分も庶子にされたのに、平気な顔をして夜会で笑っている。わたしにはとてもあなたみたいにできそうにないわ」
「セシリー」
 違うと言いかけた瞬間、エリザベスは気がついた。何も違わないのだ。セシリーが恨みごとを口にするたびに、エリザベスは正論で説き伏せてきた。セシリーの言うことにうなずいてやるということをしなかった。
 そのほうがいいと思っていたのだ。この宮廷で生きていくには、いつまでも過去のことを引きずっていてはいけない。感情を抑える方法を身につけたほうが、この先もセシリーのためになる。すべては妹のためにしてきたことだった。
 セシリーは続けた。
「わたしはあなたとは違うの。もう、わたしに命令したり、指図したりするのはやめて。わたしもあなたに自分の考えを話したりしないわ」
「――それで、王妃さまに話すの?」
 セシリーははっとしたが、目はそらさなかった。
「王妃さまは優しい方よ。陛下がわたしたちにしたことは、王妃さまには関係ないわ」
「でも」
「わたしは、あの方が好きなの」
 エリザベスは呆然とした。何ひとつ理解できなかった。あれほどリチャードを憎んでいたセシリーが、なぜその妻であるアンを慕うのか。なぜ、実の姉であるエリザベスの手を拒み、アンに心を開くようになったのか。
 エリザベスはセシリーのただ一人の姉なのに。誰よりもセシリーを理解し、支えているはずなのに。
「とにかく、もう何も言わないで。これからは、あなたと一緒には王妃さまのところには行かない。わたしは一人で行くから、あなたも一人で行けばいいわ」
 セシリーは勝ち誇ったように言うと、エリザベスに完全に背を向けた。エリザベスは何も言えないまま、遠ざかる妹を見つめていた。


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