Flower Days [ 10 ]
Flower Days

10.Poinsettia
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 待ち合わせするのは、二度目。
 だけど、どきどきするのは変わらない。
 ましてや、今日は特別なんだもの。

 12月24日。
 クリスマスイブの午後。

 先生が、待ち合わせに指定した場所は。
 学校に行ったときと同じ、近くの駅だった。
 今日は、わたしのほうが先に着いたみたい。
 たくさんの人でにぎわう駅前で。
 わたしは、どきどきしながら立っていた。

 夏休みの時は、学校のお仕事だったから。
 服装もあまり気にしなかったけど。
 今日はちょっと事情が違う。

 白いダッフルコート。
 ふわふわした、長めのマフラー。
 膝下の、黒っぽいデニムのスカート。
 少しだけヒールのあるブーツ。

 これくらいでちょうどいいかな。
 ちょっと子供っぽいかな。
 でも、無理して大人っぽくするのも、なんだか恥ずかしい。

「――お待たせ」
「ひゃっ!」

 後ろから、突然、肩をたたかれて。
 わたし、50センチくらい前に飛んだ。
 振り向くと。
 ずっと思い浮かべてた顔が、そこにある。

「ごめん……驚かせた」
「い、いいえ!」

 わたし、しどろもどろになって。
 先生に、せいいっぱいの笑顔を向ける。

「今日は、ありがとうございます。せっかくのお休みなのに、お付き合いしてもらって」
「いや。こないだの礼だし。……遅くなったけどな」
「そんなっ、夏休みは、わたしも楽しかったし、お礼がしてもらえるだけで贅沢ですっ」
 自分でも、声が上ずってるなって思う。

「……行こうか」

 先生は、相変わらず無表情のまま。
 わたしをうながして、歩き出した。
 その方向は、駅の改札とは逆。

「あれ? 電車に乗らないんですか?」
「ああ。今日はこっち。ここで待ち合わせにしたのは、単にわかりやすいから」

 ふたりで並んで。
 駅前の大きな通りを、歩き出す。

 街もすっかりクリスマス模様。
 駅前には大きなツリー。
 どのお店も、可愛らしくドレスアップしている。
 道には、手をつないだカップルたちでいっぱい。

 わたしと、先生も、ああ見えるのかな。

 幸せそうな恋人たちを見て。
 そんなことを考えてみる。
 隣の先生を、ちらちらと見つめながら。

 クリスマスイブに、ふたりで街中を歩いてる。
 でも、わたしは子供。
 いくら制服じゃなくたって。
 先生が、スーツ姿じゃなくたって。
 社会人と高校生の違いは、一目でわかる。

 知らない人からは、わたしたちは何に見えるんだろう。
 兄妹?
 親戚?
 先輩と後輩?

「あ」

 突然、先生の足が止まる。
 駅前にある、箱庭みたいな広場。
 円形のフロアに、白いクリスマスツリーが立っている。
 その周りには。
 真っ赤にお化粧した、ポインセチアの鉢植えが。
 ツリーを囲んで、赤い円を描いていた。

「うわあ、きれい!」
「……葉っぱか?」
「いいえ、お花ですよー。葉っぱのほうが華やかだけど、真ん中にちゃんとちっちゃい花が咲いてるんです」

 ツリーの白。
 ポインセチアの赤と緑。
 まさに、クリスマスカラー。

 真紅そのものの葉っぱたちが、ちょっとまぶしい。
 今日は、クリスマスイブなんだ。
 1年でたった一度の、特別な日なんだ。

 そんな思いが、改めてわたしの中に生まれて。
 今日、隣に先生がいることが。
 まるで、奇跡みたいに思えてきた。

「……先生」
「なんだ」
「今日は、本当にありがとうございます。こんな大事な日に、わたしなんかと一緒にいてくださって。良かったんですか?」
「良かったって?」
「だから、他に、一緒に……」

 言いかけて、口ごもる。
 先生が、わたしの他に、イブに一緒にいたい人。
 その存在を聞くのが、怖い。

「いないよ。別に」

 ぶっきらぼうな答え。
 わたし、思わず先を急く。

「あのっ、じゃあ撫子さんは……」
「なでしこさん?」
「あ、あの、先輩の……」
「ああ。川端(かわはた)さんか」
 先生が、何の気なしに続ける。
「あの時は、悪いことしたな。川端さん、相手の顔色もおかまいなしでひとりでしゃべり続ける癖があるから。困っただろ。悪気はない人なんだけどな」
 先生の言葉に、わたしはびっくり。
「こ、困ってなんかいません! すごく素敵な人で……。わたし、上手に受け答えもできなくて」
「でも、せっかく店に寄ったのに」

 先生が、わたしを見ないでぽつり。

「ろくに話もしないで、さっさと仕事に行ったりして。……ごめん」

 今日は、奇跡みたいな日。
 先生と一緒にいられて。
 たくさんのお話ができて。
 それに、今の言葉。
 ちょっとは期待してもいいの?
 お話できなくて寂しかったのは、わたしだけじゃないって。
 うぬぼれてしまってもいいの?

「……先生」

 気がついたら、勝手に口が開いていた。

「うん?」

 先生が、わたしを見て続きを待ってくれる。

 はじめて会ってから、もう9ヵ月も経った。
 泣いたり笑ったり。
 いろんなことがあって。
 でも、変わらなかったことがひとつだけ。
 わたしは、先生が。

「好きです」

 今なら言える。
 そう思った瞬間には、言葉が飛びだしていた。

 先生の表情が、凍りついて。
 わたしを見たまま、しばらく静止する。

 心臓が止まってしまったみたい。
 どきどきしているはずの、胸の音さえ聞こえない。
 流れていたクリスマスソングも聞こえない。
 たくさんいるはずの、通行人も目に見えない。

 ここにいるのは。
 わたしと、先生と。
 大きなツリーと、ポインセチアだけ。

 先生の沈黙は、長かった。
 お願い、早く答えて。
 ううん、ずっと黙っていて。
 矛盾した気持ちが、わたしの中をかけめぐる。

 やがて、止まっていた時間が再び動くみたいに。
 先生の唇が、ゆっくりと、開いた。

「何が?」
「……え?」
「花が、だろ?」

 ……何を、言ってるの?
 このひとは。

「違います」

 びっくりするくらい、低い声が出る。

「わたしは」

 先生が――。

 つぶやきたかった単語は、あっけなくさえぎられる。
 先生の、苦笑の前に。

「そんなこと、とっくに知ってるよ。あんたはいつも花のことばっかりだろ」

 めずらしく笑っている先生。
 だけど、その笑顔は。
 今のわたしには、心を冷やすものでしかなかった。

「今さら何を言って――」
「――もう、いいです」
「え?」
「今日は、ありがとうございました」

 即座に頭を下げる。
 首をかしげている先生の顔、見たくなかったから。

「おい!」

 先生の声が、広場に響くころ。
 わたしはもう、背を向けて駆けだしていた。

 ……ばかみたい。
 クリスマスに誘われて。
 ちょっと嬉しいことを言われて。
 そのくらいで調子に乗って。
 突然、あんなことを言って。
 相手にしてもらえるわけ、ないのに。

 今日だって、あきちゃんがお膳立てしてくれて。
 先生は、しぶしぶ付き合ってくれただけなのに。

 ばかみたい。

 通りを流れるクリスマスソング。
 幸せそうな恋人たち。
 クリスマスツリーの白。
 ポインセチアの赤と緑。

 世界は、幸せなイブの真っ最中。
 わたしだけが、ひとりでみじめに歩いてる。

 ごめんね、あきちゃん。
 せっかくくれたチャンス、無駄になっちゃった。


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