Flower Days
2.Violet
お花屋さんの仕事は、けっこう大変。
可愛らしく見えるけど、やってみると力仕事が多いんだ。
わたしは、苗を植えたプランターをお店の前に下ろす。
薄紫の大人っぽいパンジー。
その隣には、さっき運んだオレンジ色の花たち。
パンジーにヴィオラ、三色すみれ。
スミレの仲間には、名前がたくさんある。
「花穂、これも持っていって」
「もう。人使いが荒い」
ぶつぶつ言いながら、お父さんから鉢植えを受け取る。
ちょうちょみたいなスミレの花。
「スミレって可愛いけど、なんとなくせつない感じがするよね」
鉢を抱えながら、ぽつりとつぶやく。
淡い紫を浮かべた小さなスミレ。
春の花の中では、ちょっと大人っぽい雰囲気がある。
……今日は、もう行っちゃったのかな。
朝、お店の前に出ると、左右を見回すのがくせになってる。
でも、前の道にも、横断歩道にもあのひとはいない。
さっき時計を見た時は、7時47分だった。
わたしが出たり入ったりしているうちに、通り過ぎちゃったんだ。
……なあんだ。
ちょっと、残念。
ううん、とっても。
毎朝少しだけ、言葉を交わすだけなのに。
それが1日でもできないと、心にぽっかり穴が開いたみたい。
せつないスミレ色が、いちだんと寂しく映る。
「花ー穂」
背後から、女の子の声がする。
振り向くと、同級生のあきちゃんが、制服姿で立っていた。
「おはよ」
「おはよ……あっ、もうそんな時間?」
「そうだよ。早く行くぞ」
「ごめん、待ってて!」
わたし、あわててお店の中に入る。
あきちゃん。
梶間章子ちゃんは、中学のころからのいちばんの親友。
毎朝、一緒に登校している。
いつも、あきちゃんが迎えに来てくれるんだけど。
わたしはお店の手伝いで、うっかりしちゃうことが多いんだ。
「花穂、あたしが来なかったら連日遅刻の記録王になっちゃうよ」
短い髪をゆらして、あきちゃんは笑う。
いそいで支度して、お店を出て。
2人並んで、通学路を歩いているところ。
「……うん」
いつもは一緒に笑う、あきちゃんの軽口。
今日はなぜか、耳をすり抜けていく。
「花穂? どした?」
あきちゃんが、わたしの顔をのぞき込む。
「めずらしく元気ないぞ」
「え? そんなことないよ」
わたしは、あわてて顔を上げる。
「そう?」
「うん。ほら、元気!」
意味もなく、両手を振りまわす。
「まあ、あんたがぼーっとしてるのはいつものことだけど」
「ぼーっとって……ひどい。どういう意味?」
わたしが、ほっぺたをふくらませていると。
あきちゃんは、そのほっぺたを指でつねって。
「恋でもしたか?」
……。
……。
「……こ、い?」
わたし、ぼーぜんとくりかえす。
「そ、恋。その顔は、アタリだな?」
あきちゃんは、してやったり顔。
……恋?
この、わたしが?
だれに?
真っ先に、あのひとの顔がうかぶ。
「……ちがうっ!」
「うわ。何?」
とつぜん声を上げたわたしに、あきちゃんがびっくりする。
そのとなりで、わたしは、自分でもわかるくらい真っ赤になっていた。
「だってあのひとは、朝、少しおはなしするだけで、名前も知らないし、向こうはきっともっと興味ないし、冷たいし、たぶんずっと年上だし」
「……花穂」
「な、なにっ?」
「――自爆大魔王と呼んであげよう」
あきれつつも、にやけるあきちゃんの顔。
今度はわたしの顔から、さあっと血の気が引いていく。
「で? その、朝少しおはなしするだけで名前も知らなくて向こうはもっと興味なくて冷たくてずっと年上の人はだれかな?」
「あきちゃんのいじわる!」
「とんでもない。あたしはこの上なく友達想いなのに」
「……あのひとは、ちがうもん」
「じゃあ、あたしの大事な親友を、そんなにせつなそうにさせるのは何?」
「……スミレ」
「すみれ?」
「そう」
今朝お店で見た、淡い紫色の花。
胸が痛いのも、足もとがふわふわするのも、きっとそのせい。
「ほー、スミレねえ」
友達想いのあきちゃんは、また意味ありげに笑う。
「スミレの花言葉は、〈ひそかな愛〉って言うんだよ」
「……知ってるもん」
紫のスミレは、〈ひそかな愛〉。
白のスミレは、〈あどけない恋〉。
黄色のスミレは、〈ささやかな幸せ〉。
パンジーは――〈わたしを想ってください〉。
せつないスミレの色が、胸にしみる。
たった1日会えなかっただけで、こんなに寂しい。
お花の神様、これは、恋ですか?
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