水晶の空
第五章 再会 10
シルファは水明宮の中心に立っていた。
水盤を挟んだ向こう側には、セレクが同じように立ってシルファを見つめている。彼は水盤の中を覗き込み、顔を上げてまたシルファを見た。
「始めようか」
「ええ」
二人は短い言葉を交わす。
セレクの手が水盤の上で動き、波紋をつくった。はじめは小さな輪だったそれはみるみる水盤から飛び出し、シルファの足もとを経て水明宮の天井へ続く。
シルファはそれを見届けると、ゆっくりと宙に手を舞わせた。さざ波のような風が起こり、セレクのつくった波紋を追って天に昇っていく。
二人の編み出した別々の魔力は、水明宮の中で一つに溶けあった。
「うまくいったのでしょうか」
天井を見上げながら、シルファはつぶやいた。
「ああ」
セレクが答え、シルファの頬に触れて視線を戻させた。首が痛くなりかけていたシルファは、セレクの目を見て思わず一息ついた。
「少なくとも問題は起きていない。無事に結界として働いているようだ」
シルファが持つ風の魔力と、セレクが持つ水の魔力。二つを同時にこの水明宮で使ったら、どうなるのか。二人は今日、初めて試してみたのだった。
相いれない力が衝突すれば、結界に支障が起きるのではないかとも思ったが、その時はどちらかの魔力ですぐに補うつもりだった。こうして実行に移してみた今は、どうやらそれも杞憂だったらしい。
「これなら、しばらく試してみても良さそうですね」
「ああ。話していたとおり、数日おきに試して様子を見よう」
今日は悪いことが起きなかったかわりに、良いことも起きなかった。しかし何度か試していくうちに、期待した結果が得られるのではないかと二人は思っていた。
二つの魔力をかけあわせることで結界が強くなり、二つの国を同時に守れるのではないかということだ。
エレセータとセフィード、それぞれの王族が持つ魔力は、もともとは姉弟の神鳥から与えられたものなのだから。
「そうなったらきっと、さまざまなことが変わりますね」
再び天井を見上げながら、シルファは未来を想像して微笑んだ。
二つの国を同じ結界が守るようになれば、諍いの理由はなくなる。人も物も自由に行き来できるようになり、互いのより良いところを取り入れ、補いあうことができる。
「ああ、きっとそうなる」
水盤の向こうにいたセレクがいつの間にか隣にいて、シルファの肩を抱き寄せた。近ごろのセレクは事あるたびにこうしたがるのである。
シルファはくすりと笑い、セレクの身に頭をもたげた。
二つの魔力が消えた天井は、あいかわらず玲瓏として美しい。屋内であるにもかかわらず、済みきった空を見つめているようだ。
シルファはふと思い出した。
「水明宮には、水晶が使われているのですか?」
願いを叶えてくれる力があるという、セフィードでもっとも尊ばれる貴石だ。
セレクがシルファの顔を覗き込み、それからシルファの視線を追って見上げながら答えた。
「そうだと思うが。なぜ?」
「持ち歩けば願いを叶えてくれるのが水晶なのでしょう。それがこの場所に使われているのなら、私たちの願いもきっと聞き届けられるはずだと」
シルファはもう一度、半球の形をした天井を見上げた。
この、水晶でできた空の下で、シルファはセレクと出会い、今もこうして寄り添っている。もしかしたらそれは、願いを叶える貴石がシルファの願いを聞いてくれたからかもしれない。
「……そうだな、きっと」
セレクがささやき、今度は両腕でシルファを包み込んだ。
「やりすぎです。……ここは東の宮ではありませんよ」
シルファは呆れてそう言いつつ、セレクの腕から離れようとはしなかった。
水明宮の天井の下と同じくらい、この腕の中がシルファのいる場所だからだ。
二人はしばらくお互いを抱きしめ、水明宮の静けさの中に身を浸した。
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