水晶の空
第五章 再会 7
シルファは寝台の中で目を覚ました。
寝室の中はすでに明るい。久しぶりにあたたかい場所でゆっくりと眠れたおかげで、快い目覚めだった。
起き上がり、寝台から床へ降りようとすると、背後から伸びてきた腕に抱きすくめられた。
「……どこへ行く?」
セレクが気だるげな声で問いかけ、シルファを抱く腕に力を込める。
シルファは頬が熱くなるのを感じながら、それをごまかすように笑った。
「どこにも行きません。おはようございます」
「おはよう」
セレクは安心した声を出しつつも、まだシルファを放してくれなかった。名残を惜しむように、二人は寝台の上で身を寄せあい、しばらく目を閉じる。
「体は平気か? 疲れているだろう」
セレクがいたわるように訊いてきたので、シルファは目を開けて見上げた。昨夜も同じことを何度も訊かれたのだ。
「いいえ、大丈夫です。よく眠れましたので」
それから、急に思い出して続けた。
「王子こそ大丈夫ですか。私がいない間、また無理をなさっていたのではありませんか」
王宮に戻ってきてセレクに迎えられた時、心なしか面やつれしているように見えたのだ。具合は悪くないのか訊ねたいと思いつつ、昨夜はその機会がつかめなかった。
セレクがシルファの目を見てかすかに笑った。
「お見通しだな」
「やっぱりそうなのですね?」
「いや、少し寝つきが悪かっただけだ。その代わり昨日はよく眠れた」
自分のことを心配していてくれたのだ。そのことを改めて感じ、シルファは胸を塞がれたような気がした。
自分の迷いなどにこだわっていないで、一刻も早くここに戻ってくるべきだっただろうか。だが、国境の近くで過ごしたあの時間がなければ、セレクの側でこれほど安らかな気持ちで眠れることはなかっただろう。
離れていた時間はシルファにはたったの一日だったが、セレクにとっては五日だったということは、昨日話してみてわかった。まともに考えればありえないことだが、シルファは不思議と驚かなかった。やはり、あの場所で起こったことは、現実的な理屈だけでは説明のつかないことだったのだ。
そのおかげでシルファは迷いから抜け出せたが、セレクが五日も自分を案じて待っていてくれたと思うと、悔やまずにはいられなかった。寝つきが悪かったとはかなり控えめな言い方で、実際は一睡もしていなかったのかもしれない。
今のセレクの顔色は悪くなかった。本当に昨夜はよく眠れたのだと思い、シルファはほっとした。
セレクは今もシルファに腕をまわし、髪や首に自分の顔をうずめている。
「……あの、そろそろ放していただけませんか」
「ああ、そうだな」
セレクは寝ぼけたような声でそう答えた。腕がとかれる気配は一向にない。
そのまま寝台に倒れ込まれそうな気がしたので、シルファは小さく叫んだ。
「いい加減にしてくださらないと怒りますよ」
二人はようやく寝台から離れ、並んで露台へ出た。
水の都の朝は美しかった。今日はことのほか天候が良く、おびただしい光が惜しげもなく降り注いでいる。張りめぐらされた水路に光が当たって弾け、宝石のように輝いて見えた。
「もう雨は去ったようですね」
「ああ」
シルファは露台の手すりにもたれ、明るい朝の光景に見とれた。
セフィードに嫁いできた日の翌朝も、セレクと並んで露台から外を見つめていた。あの時はセフィードの寝台にも、言葉にも、朝の習慣にも慣れていなかった。そして、そのことをセレクにも打ち明けられずにいた。
まだ半年も経っていないというのに、はるか昔のことのように思える。
「どうした?」
不思議そうにセレクに問われ、シルファは自分が微笑んでいたことに気がついた。
「あの時のことを思い出していました」
「――ああ」
セレクはすぐに察したようだった。もしかしたら、同じことを考えていたのかもしれない。
確かめる間もなく腕が伸びてきて、シルファは再びセレクに閉じこめられた。
またかと呆れたが、シルファはそこから動こうとは思わなかった。
「外から見えるかもしれませんよ」
「別にいいだろう」
子どものような口調を聞いてシルファは笑う。
しばらくしてから、セレクが顔を覗きこんで訊いた。
「茶を淹れようか?」
シルファはにっこり笑ってうなずいた。
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