水晶の空 [ 4−7 ]
水晶の空

第四章 神話 7
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「いま、何と仰ったのですか」
 シルファは信じられない思いで、目の前にいるセレクに問い返した。
 セレクは嬉しそうに笑った。
「エレセータに送った者から知らせが来た。こちらに戻る際、エレセータの使者を一人お連れして来るそうだ」
「使者というのは……」
「ウィンリーテ王女だ」
 シルファは二度目に聞いた言葉を、ゆっくりと噛みしめた。
 ウィンリーテがセフィードに来る。嫁ぐために祖国を離れてから初めて、姉に会える。
「いつ着くのですか」
「七日後だそうだ。シルファが書いた書簡への返事も持ってきてくださるだろう。こちらも出迎えの準備をしておかなくてはならないな」
 セレクは微笑みを浮かべたまま、シルファから目を離さない。
 突然セレクに呼ばれ、北の宮にやってきたのは、正午も近い頃だった。こんなことは初めてだったので、少し不安になりながら小舟でやってきた。エレセータへの使者に道中で何かあったのかと。
 そして知らされたのが、姉ウィンリーテの来訪だった。
「どうした、シルファ? あまり驚いていないようだが」
 セレクが初めて顔を曇らせた。
 呼ばれたのは執務室だったので、部屋には文官たちが通常どおり詰めている。彼らは手を動かしつつ、王子とその妃を微笑ましそうに見守っている。
 シルファは思わず自分の顔に手を触れた。驚いていたはずなのだが、信じられないと思うあまり表情が消えてしまったのだろうか。
「驚いているし、嬉しいです。姉にまた会えるなんて」
「良かった。私もシルファの親姉弟には会いたかった」
 セレクが再び笑いかけてくれたのを見て、シルファもようやく微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。私も、王子には姉に会っていただきたいと思っていました」
「仲の良い姉上だったのか?」
「はい。年もいちばん近いですし、ここに嫁いで来る前もよく励ましてくれました」
 セフィードに輿入れする前の晩、ウィンリーテが一人で訪れてきたことを、今でもよく覚えている。
 責務を忘れて幸せになりなさい。姉はそう言ってくれた。その言葉を守れないかもしれないと悩んだこともあった。
 今は、どうだろう。セフィードにいる妹を見て、ウィンリーテはどのように思ってくれるだろうか。
 シルファは無意識にセレクの目を見て、すぐに気恥ずかしくなってそらした。
「あの、エレセータから連れてきた側近たちに、このことを知らせてもいいでしょうか。姉と懇意にしていた者もおりますので」
「もちろん。すぐに知らせてやってくれ」
 シルファはセレクに礼を言って退室し、東の宮に戻った。
 エレセータの侍女たちは、シルファの想像以上に喜んでくれた。彼女たちもウィンリーテのことはよく知っており、幼いころシルファともども仕えてくれていた者もいる。皆がウィンリーテに会えるのを喜び、シルファにも良かったと言ってくれた。
 リューネも他の侍女と一緒になって、心から喜んでくれた。
「良かったですね、シルファーミア妃もみなさんも。私もウィンリーテ王女に会えるのが楽しみです」
「ありがとう、リューネ」
 シルファはにこりと微笑むと、視線を動かした。この私室の中でただ一人、喜びの輪に加わっていない者がいたのだ。
「ラウド、姉上はあなたに会えるのも楽しみだと思うわ。小さいころ、三人で一緒に遊んだのを覚えている?」
 ラウドは急に話を振られ、我に返ったように答えた。
「もちろん覚えています。本当に良かったですね、シルファーミア様。私も嬉しいです」
「ありがとう、ラウド」
「シルファーミア妃、使者の方が無事エレセータに着かれたということは、私たちが書いた書簡もあちらに届いたのでしょうか」
 侍女の一人がおずおずと尋ねた。セフィードの使者に持たせた家族への書簡のことは、侍女たちもそれぞれ気にしているようだ。
「ええ。届けてくださったわ。返事が間に合えば、姉上がここに来る際に持ってきてくださるそうよ」
 わあ、と侍女たちから歓声が上がった。シルファはその光景を見て微笑む。
 姉が来てくれることになって、本当に良かった。セレクがエレセータに使者を送ってくれて、本当に良かった。
 ふいに、ラウドがゆっくり立ち上がるのが視界の端に映った。はしゃぐ侍女たちから背を向け、一人だけ私室の扉に向かう。
 シルファは不思議に思い、その後を追おうとする。
「シルファーミア妃、ウィンリーテ王女のお出迎えはどうなさるのですか?」
 侍女の一人が声を上げ、立ち上がりかけたシルファを静止させた。シルファは笑顔で振り向き、侍女たちが次々に投げる質問に答えてやる。
 ふと目を戻すと、ラウドの姿は部屋から消え去っていた。


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