水晶の空 [ 4−4 ]
水晶の空

第四章 神話 4
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 シルファに呼び出されたラウドは、はじめて使いに出された子どものような顔で、シルファの部屋にやってきた。
 シルファは彼の姿を見ると、にっこり笑って出迎えた。
「ラウド、来てくれてありがとう」
「お呼びだと伺いました」
 ラウドは侍女たちの間を縫いながらシルファの前まで歩いてきた。部屋の中にはセフィードとエレセータ双方の侍女が揃い、さまざまな品を広げて相談しあっている。
「セレク王子が、エレセータに使者を送ってくださるの」
 不思議そうに部屋を見まわしているラウドを見て、シルファは説明した。
「私からの書簡はもちろん、姉上たちに贈り物もしてくださるのですって。だからラウド、あなたも家族や友人に届けたいものがあったら選んでちょうだい」
「私もいいのですか」
「もちろん。侍女たちにも選ばせているのよ」
 シルファは心が浮き立つのを抑えきれずに、満面の笑みを浮かべた。
 昨日の夜、セレクがこの考えを打ち明けてくれた時のことを思い出す。祖国にいる家族に書簡を送りたいとずっと思ってはいたが、二国の間を行き来する使者の労力を思うと、自分からは決して言い出せなかった。それをセレクが自分から提案してくれたのだ。しかも、考えだけはずいぶん前から持っていたという。
 シルファからの書簡だけではなく、セレクからもシルファの親兄弟に贈り物をしたいと言ってくれた。そのうえ、エレセータから連れてきた側近たちにも同じことを許してくれたのだ。
 だからシルファはエレセータの侍女たちを部屋に呼び集め、セフィードの侍女たちに頼んでこの国の品を並べている。エレセータの侍女たちはセフィードにしかない生地や装飾品、書物、食材に目を輝かせながら、故郷の話に花を咲かせている。
「シルファーミアさまはもうお選びになったのですか」
 ラウドは侍女たちの様子を見つめながら、戸惑った顔のまま訊ねた。
「いいえ、まだよ。私はセレク王子と一緒に選ぶから」
 セレクはシルファから話を聞きながら、自分も一緒に贈り物を選びたいと言ってくれた。今からその時が待ち遠しくてならず、シルファは思わず頬を紅潮させる。
 セレクにエレセータの家族の話を聞かせ、一緒に彼らのための贈り物を選ぶ。セフィードの品々についてはセレクが詳しく説明を聞かせてくれるだろう。
「だからラウド、あなたは先に好きなものを選んでいいわ。私は王子が東の宮に戻られるまで待っているから」
 シルファがそう言っても、ラウドは部屋に入ってきた時と同じ、戸惑ったような表情のままだった。故郷に書簡や品物を送れるというのに、大して嬉しそうに見えない。ラウドにも残してきた親兄弟や友人がいるはずなのに。
「ラウド?」
「……はい、ありがとうございます」
 ずいぶんと間を空けてから、ラウドはようやく答えた。やはりその顔に笑みはない。
 ラウドはそのことに気がついたのか、しばらくして取り繕うように微笑んだ。
「私も選ばせていただきます。それに書簡も」
「そうね、ぜひ書いて」
「良かったですね、シルファーミアさま。エレセータの方々もシルファーミアさまの書簡を読めばお喜びになるでしょう」
「ええ。父上も母上も、姉上も心配していらっしゃると思うから、早く安心させたいわ」
「――何とお書きになるのですか?」
 ラウドは微笑みを浮かべたまま、シルファから目をそらさずに聞いた。その様子が彼にしては執拗な気がして、シルファは首を傾げつつも答える。
「私が元気に、幸せにしていることを書くわ。セフィードでの暮らしに慣れてきたし、王子とは仲良くやっていけそうだと」
「――そうですか」
 ラウドは改めて微笑むと、シルファから目をそらした。
 やはり、どこかおかしい。
 そう感じたシルファは、思いきって訊ねてみることにした。
「どうしたの? ラウド」
「え……」
「なんだか様子がおかしいわ。また具合が悪いの?」
「いいえ。なんともありません」
 ラウドは居住まいを正し、今度はシルファの目を見たまま微笑んだ。
「ただ、少し驚いたのです。シルファーミア様が、セレク王子とずいぶん仲良くなられているので」
「仲が良かったらおかしい?」
「いいえ、とんでもない。驚いただけです。――シルファーミアさまが、エレセータのことをお忘れになってしまわれたのかと」
 驚いたのはシルファのほうだ。
 エレセータのことを忘れたことなど一日もない。確かに、嫁いできたばかりのころと比べれば、祖国を思いだして寂しさにとらわれることは減ったかもしれない。だがそれは、セフィードに馴染んできた証であり、シルファがセフィードに馴染むことは、エレセータのためであるはずだ。
 何より、今まさにエレセータの話をしたばかりだというのに、ラウドがそんなことを言い出す理由がわからない。
「すみません、シルファーミアさま。決して悪い意味で言ったのではありません」
 シルファの困惑を見て取ったのか、ラウドは慌てたように続けた。
「驚いただけです、本当に。シルファーミアさまが、あまりにも早くこの国に馴染まれたので……というより、私が馴染むのが遅すぎるのでしょう」
「そんなことはないわ、ラウド」
 今度はシルファが急いで口を開いた。
 ラウドがセフィードでの暮らしに馴染めず、そのことで引け目を感じているのは知っていた。シルファも自分がこの国に馴染むことで精いっぱいで、ラウドに充分に気を遣ってやれなかった。
「あなたはよくやってくれているわ。私にはセレク王子がいるし、侍女たちは互いに支えあっているけど、あなたはこの国で一人なんですものね。苦労をかけてごめんなさい」
「いいえ。自分が望んでついてきたのですから」
 ラウドは先ほどとは打って変わって、きっぱりした口調になった。エレセータを去る日、シルファのためにできる限りのことをすると誓った、あの時と同じような表情だった。
「シルファーミアさまはエレセータのためにご自分を犠牲になさなったのですから、私とて我が身を犠牲にすることなどなんでもありません」
 シルファは思わず首を傾げた。
 犠牲になった? そうなのだろうか。
 シルファがこの国にいることは、エレセータのために自分を犠牲にする行為だったのだろうか。
「シルファーミアさま?」
 ラウドがシルファの顔を覗き込むように見上げている。
 シルファは慌てて笑顔をつくり、疑問を脇に押しやった。
「そうね。ありがとう、ラウド。さあ、エレセータに送る品物を選びましょう」


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