魔法の花嫁 [ 1 ]
魔法の花嫁

1.魔法使いの館
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 丘の上に立つ小さな家には、美しい双子の姉妹が住んでいる。
 プラチナ・ブロンドの長い髪に、澄んだ青い瞳。誰からも愛される無邪気な笑顔。
 その名は、アリエとマリラ。
 村でも評判の二人は、今日も若者たちに囲まれている。
「アリエ、マリラ。舞踏会で踊る相手はもう決めた?」
 茶色いくせっ毛の青年が聞いた。
 アリエとマリラはお互いを見て、かわいい首を傾ける。
「舞踏会?」
「お城で開かれる舞踏会だよ。国中の若者が集まるんだ」
「よその村の人と友達になって、一緒に躍ったり話したりするんだよ」
「君たちはきっと、いちばんの人気者になるよ」
 アリエはにっこり笑った。
 マリラもにっこり笑った。
「楽しそうね」
「行きたいわね」
「もちろん、行くんだろう?」
 若者たちが聞くと、アリエとマリラはそろって言った。
「わからない。姉さんに聞いてみないと」
 姉さんと聞いたとたん、若者たちはちょっとうなった。
「姉さんか」
「彼女も行くのかな」
「どうだろうな」
 双子の美少女は首を傾げて、左右そっくりのポーズをとった。
 そんな二人に、若者たちはここぞと告げる。
「それでね、アリエ。踊る相手が決まっていないなら、ぼくを選んでくれないかな」
「マリラ。君は、ぼくと踊ってくれないかな」
「どちらもお断りします」
 突然割り込んだ、恐ろしく低い声。
「エイミ姉さん」
「姉さん」
 アリエとマリラの呼びかけに、若者たちは真っ青になる。
 双子の後ろで、姉さんのエイミが仁王立ちになっていた。
「あんたたち! うちの妹たちに何をしてたの!」
「べ、別に何も?」
「ただ話をしていただけだよ」
 若者たちはしどろもどろ。
 そんな彼らに、エイミ姉さんの声が飛ぶ。
「変な話を聞かせて、あんたたちみたいな遊び人の仲間に入れないでちょうだい。この子たちは何も知らないんだからね!」
「あたし、知ってるわ。舞踏会があるんですって」
「あたしも知ってるわ。とても楽しそうなの」
 かわいい妹たちの声。
 とたんに、エイミはにっこり微笑んだ。
「その話はまた今度ね。変な人の話を聞いちゃだめよ」
「舞踏会に連れて行ってくれるの?」
「姉さんも一緒に行くの?」
「また今度ね。姉さんは出かけてくるわ。おとなしく家で待っているのよ?」
 エプロンドレスにマントを羽織ったエイミは、妹たちに言い聞かせた。
 そのとなりでは、若者たちがほっとため息。
 けれども、すぐにエイミに怒鳴られた。
「あんたたち、アリエとマリラにちょっかい出すんじゃないわよ!」
 エイミが去ると若者たちは、口々にささやいた。
「おっかない女の子だ」
「舞踏会には来ないでほしいな」
「本当に、アリエとマリラの姉さんなのかな」
 双子の姉妹は彼らのとなりで、舞踏会の話にうっとりと花を咲かせていた。

 まったく、うかうか外にも出せやしない。
 道を歩くエイミの足取りは、大またで少し早歩き。
 エイミは、双子たちの姉さんだ。けれども二人には、ちっとも似ていない。
 アリエとマリラが輝くようなブロンドの髪なら、エイミは赤茶がかった褐色の髪。
 アリエとマリラが澄みきった青い瞳なら、エイミは緑か青かわからないエメラルド・ブルー。
 アリエとマリラが鈴のような細い声なら、エイミは怒鳴るためにあるような低い声。
 けれどもエイミは、そんなことちっとも気にしていない。
 だって、アリエとマリラは世界でいちばんかわいい妹たちなんだから。
 ……だから、心配なのだ。
 そう。エイミが今日出かける理由も、実はそこにあった。

 エイミと双子が住む小さな村は、オフィリアという国の外れにある。
 魔法王国と呼ばれるオフィリアには、魔法使いがたくさん住んでいる。
 たいていの魔法使いは、町や村に住んでお店を開いている。頼まれごとに魔法を使って、代わりにお金をもらうのだ。
 エイミたちの住む村にも、もちろん魔法使いはいる。

「アロイーゼ、こんにちは」
 鈴の付いたドアを鳴らして、エイミは中に入った。
 お店の中は、薬草のビンや色とりどりのコップでいっぱいだ。
「いらっしゃいエイミ」
 木でできたカウンターの向こうには、黒い髪の娘が立っている。
 彼女の名前はアロイーゼ。魔法薬をつくる魔法使いだ。
「今日は何のご注文? くしゃみを止めるヘルの根かしら。枯れたつぼみをきれいに咲かす、シルエラ草の茎かしら」
 エイミはいつも、カウンターの椅子には座らない。けれども今日はちゃんと腰かけて、まずお店の中を見回した。
 お客はエイミ一人しかいない。
 それを確かめると、エイミはカウンターに身を乗り出した。
「ないしょの注文なの、アロイーゼ」
「何かしら」
「あのね、舞踏会があるでしょ」
「お城のね」
「そう。アリエとマリラは十三歳よ。初めて舞踏会に行けるのよ」
「それはおめでとう」
「ありがとう。でも、心配なの」
 エイミ姉さんの顔が、急にくもった。
「あたしが言うのもおかしいけど、あの子たち、かわいいでしょう?」
「そうね」
「それはそれはかわいいでしょう?」
「そうねえ」
「男の人にすごくもてるわ」
「それがどうして心配なの?」
「考えてみて。何も知らないあの二人よ! 悪い男にだまされるわ」
「まったく、心配性ねえ」
 アロイーゼが肩をすくめる。
「だって、あんなにかわいい妹たちが、何も知らずに舞踏会なんて行ったら、男に取り囲まれて、口車に乗せられて……あああぁ……」
 エイミは、ばたんと顔を伏せる。
「それで、あたしへのご注文って?」
 エイミはすばやく顔を上げると、アロイーゼにささやいた。
「ホレ薬」
「それどうするの?」
「決まってるじゃない。信用できるいい男を見つけたら、アリエとマリラを好きになるように仕向けるのよ!」
「残念でした」
 アロイーゼは、胸の前で手を交差させた。
「ホレ薬はご法度よ。魔法による恋は、国の魔法法典で禁止されています」
「知ってるわ。でもなんとかならない?」
「ならないわね。魔法薬師アロイーゼは、お上に仕えるいい魔法使いなの」
「悪い魔法使いならつくってくれるの?」
「つくってくれても、そんなの使えばアリエもマリラも悪い男につかまるだけよ」
「いやー!」
 エイミはカウンターに突っ伏した。
 アロイーゼは苦笑する。
「本当に妹たちがかわいいのねえ」
「そりゃそうよ!」
 エイミと双子には、母さんがいない。市場で苗を売る父さんと四人で、丘の上の家に住んでいる。
 だからエイミは、アリエとマリラの母さんだ。それも、あんなにかわいい妹たちなんだから。
 あたしが見ていてあげなくちゃ。
 幸せにしてあげなくちゃ。
 エイミの頭の中は、いつもそればかり。
「アロイーゼ。他にいい魔法使いを知らない?」
「そうねえ」
 黒髪の魔女は、人差し指をあごに当てる。
「あたしの知り合いじゃないけど、あの人はどうかしら」
「どの人?」
「ほら、東の森のお屋敷に住んでいる人」
 エイミはぎょっとして声を上げた。
「あの変人の魔法使い?」
「変人というのはうわさだけよ」
「でも、誰もその人を知らないんでしょ。いつもお屋敷に閉じこもって、変な魔法の研究をしているって聞いたわ」
「誰も知らないからこそ、特別な魔法を知ってるかもしれないわよ。それに秘密も守ってくれそうじゃない」
「でも、お金で頼まれてくれるかしら……」
 エイミはカウンターで頬杖をつく。
 アロイーゼは長い指を動かしながら、明るい笑みを浮かべて見せた。
「だめで元々じゃない。行ってみたら? とって食われたりしないわよ」


 東の森は、意外に深かった。
 エイミは木々の間を縫って、首を上下に左右に動かしながら歩かなければならなかった。足元を見ていれば枝が顔を引っかき、前を見ていれば根っこに足をとられる。
 うっそうとした森には花も実もなくて、暗い緑と茶色がどこまでも続くだけ。
 どこかで、不吉な鳥の声がする。
 エイミは引き返したくなった。こんなところに、うわさの魔法使いが本当に住んでいるのだろうか。
 でも、頼みはもうその人しかいない。
 エイミは気を取り直して、大股で森の中を歩き続けた。
 しばらくすると、ずっと向こうにほのかな光が見えてきた。
 魔法使いの館だろうか。
 エイミの足取りが速くなる。
 けれど近付いてみると、光に見えたのは光ではなかった。
 宝石だ。
 木の根から突然大きな芽が伸びて、その葉の上に手のひらくらいの石が載っている。不思議なことに、それが光を放っているのだ。
 その美しさに、エイミはしばらく我を忘れてしまった。
 空から降り注ぐすべての光が、ここに集められているようだ。
 透き通った清らかな美しさ。
 天使が地上に現れる時の光は、きっとこのようなものではないだろうか。
「なんてきれいなの……」
 思わず手を差しのべた。
 けれど、その時だった。

  そこにいるのは誰ですか
  光の石に触れるなら
  まずは名前を名乗りなさい

 エイミはびっくりして、森を見回した。辺りにはもちろん誰もいない。
 突然聞こえた歌は、子どもの声だった。
 何だろう。石に触れようとしたとたんに聞こえてきた。名を名乗りなさいと言ったのだ。
「あたしは、エイミよ」
 つぶやいた声が、森の中にこだまする。
 しばらくすると、また歌が始まった。

  それではエイミ、こんにちは
  光の石に触れなさい
  その手に載せて空にかざして
  光の中を見つめなさい

 エイミはもう一度、首をきょろきょろさせた。けれどもやっぱり、声の主の姿は見えない。
「石に触ってもいいの?」
 つぶやいてみると、すぐに返事が来た。

  もちろんいいとも、さあ触れて
  光の中を見つめなさい
  あなたの瞳のその先に
  ご主人様がいらっしゃる
  我らの立派な魔法使い

「魔法使いですって?」
 エイミは声を上げた。
「じゃあこの石は、東の森の魔法使いのものなの?」
 思わずそれを持ち上げてみる。言われたとおり空にかざして、光の中を見つめてみた。

  あなたの瞳のその先に
  ご主人様がいらっしゃる
  我らの立派な魔法使い……

 エイミは、自分の目が信じられなかった。
 さっきまで石を通して見ていた先に、いつの間にか、大きな屋敷が立っていたのだ。
 古いけれど美しい、ツタのからんだ立派な屋敷だった。
「これが、魔法使いの館?」

  そのとおりです、さあどうぞ
  ようこそ我らのお屋敷へ
  ご主人様がお待ちです

 歌に誘われるようにして、エイミは館の前に立った。ドアには銅でできた立派なノッカーが付いている。手を伸ばすと、それはひとりでに動いてドアを叩いた。
 少しの間を置いて、ドアが中から開いた。
 エイミの前に立っていたのは、とても背の高い青年だった。
 黒い髪に黒い瞳で、奇妙なくらい整った顔立ち。ジャケットに長いズボンもきっちり着こなしていて、人形のように完璧だ。
「エイミさんですか」
 彼は表情も変えずに言った。声も口調も、まるで機械がしゃべっているみたいだ。
「はい、そうです」
 エイミも思わずかしこまって言った。
 すると青年は、これまた完璧な仕草で頭を下げた。
「私は魔法使いのクーベルトです。中へ入ってください」


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